ふと気が付いた時には、目の前に墓石があった。
アイツの墓石は、まだ立てていない。
しかし、これを見た時、いやそれ以前に、この石の主が誰なのか、オレは知っていた。
このオレの両手が、最期を与えた人物。
正確に言えば、彼は機械だ。でもただの機械じゃない。オレにとっては、兄弟のような、息子のような存在で、そして大切な親友だった。

 周りは白く霞んでいた。
墓石の近くは少し色がのせてあって、その色は、褪せた緑をしていた。
それはずっと遠くまで続く草原なのだと、オレは思っていた。
理由はない。
しかし、直感とも程遠い。
そういう世界なのだと、オレがここに存在する前から知ってたみたいに。

 ああ、そうか。そういう世界なんだ、ここは。

 現実とは相反する世界。理想を叶えられる世界。
しかし、その理想は来たる時間によって崩される。
現実とは相容れない世界。幻想の世界。雨日の一露と同じ、泡沫の世界。


「ソニック」

 と、彼が呼んだ。早速、理想は叶えられる。
しかし、それは、雪像の理想。

「ソニック」

 オレが気付いていないんだと思ったのか、彼は再びオレの名を呼んだ。
いつもと変わらない口調、いつもと変わらない音だった。
人間みたいに流暢じゃない、人工の音声。
しかし、人間と同じように心の持った。

 些細な一つの瞬きをすると、その瞬間に彼が空間に色をのせて、静かにオレの前に現れた。
子供のように小さな彼。
人によって造られて、人の勝手でその命を壊された、哀れな機械。

 そして、彼を手に掛けたそのひとが、オレ。


「……何で、」

 どうせ崩れる理想なら、どうせオレが作った、直ぐに無くなる世界なら、
最初から無い方がずっと、ずっと楽なのに。
 どうして、彼の理想や希望を潰したこのオレが、最後の最後、その最後まで、理想を、希望を抱いてしまうのだろう。

「会いたかった。会いたかったんだ」

 優しい音を、彼が出す。耳を塞ぎたくなるぐらい、優しい。
彼の口調は、オレにそっくりだった。
けれど、このオレでさえ、機械である彼よりこんなに優しい音は出せないことだろう。
オレならきっと、相手の胸倉を引っ掴んで、その音で脳天をぶっ潰してやるのに。

「どうして、そんなに…。どうしてそんなに変わらずに…。」

 喉が閉まって、上手く声が出ない。
胸が苦しくて、彼の顔を見る事が出来ない。
元より、彼には表情なんて無い。けれど、オレは彼を見るのが怖かった。
幸せだと言って目の光を失った、あの時と同じ笑顔を。

「『優しい』を、ソニックが教えてくれた」
「オレを、憎まないのか」
「?」

 ああ、コイツは、『憎む』を知らないのか。
 優しさや楽しさ、嬉しさ、時々悲しさ、全て引っ括めたその幸せの中で生きていた彼が、『憎む』を知っているはずがなかった。
 彼は、何よりも、誰よりも純粋無垢だった。後悔もなければ、絶望もなかった。
けれど、理想や希望はあったはずだったんだ。
 それを、オレが奪った。

「なあ、オレは、オマエを殺したんだ。
 分かるか?オマエは、もう生きる事が出来ない。
 オレのせいで。なあ、オマエは怒らないのか?」

 『怒り』ぐらいなら、彼でも知っているはずと、オレはわざと彼の怒りを誘った。
オレは願っていた。
いっそ、オレを憎んでほしかった。オレに怒りをぶつけてほしかった。
そうじゃなきゃ、彼があまりにも。
あまりにも、哀れだ。

「どうして?

 オレは、ソニックが好きだぜ。」



 それは、あまりに清澄な声で。
 なんて、純粋なひとなのだろうか。なんて、汚れを知らないひとなのだろうか。
 憎しみを教えなかったのは、オレだ。オレたちだ。
優しさを教えたのはオレたちで、悲しみを教えたのはオレたちで、きっとオレもその中の一人だった。
そんな風に、彼に教えてきた。
砂浜に一つ転がっていた彼を拾って、何も知らない赤ん坊みたいな彼を、オレたちで、大切に育ててきて。
 それなのに、最後の最後、最期が終わったこの時に、その彼に『憎む』を教えようとするなんて。

「……エ…、メル……」


 ……哀れなのは、オレだ。



「ごめんな。ああするしかなかったんだ、でも、その運命を、オレにはどうしても。
 あの時、もっと、何か、出来ていたんじゃないか、って…。
 酷いよな、オマエは実際に死んで、るのに、オレには、どうして、も、うけ、いれ、」

 遂に、声が出なくなってしまった。
オレには、まだ彼を見る事が出来ない。
だから、どうしてもオレは声帯を震わせて、伝えなきゃいけなかった。


「…、……、オマエは、もう、オレにも、テイルスにも、ナッコウズにも、
 エミーにもクリームにもルージュにもシャドウにも、
 みんなには、もう、あえないんだ」


「どうして?」



 彼が聞いた。びりと心臓から肩に衝撃が走った気がした。
コイツは、そうか、『死』すらも…。

 彼の無垢さがあまりに衝撃的で、オレは思わず顔を上げた。
彼が、墓石の前にすっと立っていた。
風のように吹き抜けそうな、何処かへ消えていきそうなくらい、彼は儚く澄透だった。
草原はクレヨンか色鉛筆で塗られたような淡い黄緑に彩られて、それの風景はまるで幼児が見る絵本の一ページのようだった。
その彼も例外じゃない。
ああ、そういう世界なんだ、オレは再び悟った。
 そんな彼に免罪を請うなんて、きっと無意味だ。
現実に戻った途端、恐らく全てが無に帰す。
でも、オレにはそうするしか、他に術が無かったのだった。

 オレは繰り返し謝罪をした。
ごめん、ごめんな―――
これが、自己満足に過ぎないことは知っていた。
運命を受け入れられない代わりの、謝罪。彼の死を認められない代わりの、謝罪。
決して、許される訳がない。
けれど、オレは繰り返し謝罪した。
彼の恐ろしいほど真っ白な未来を奪った罪は、オレにはあまりにも重すぎた。

「どうして?」

 彼が再び聞いた。
オレは、それがオレの謝罪に対する質問なのだと思った。
オレは希望を失った。
言を閉じた。
彼にこの言葉の意味が分からないなら、オレは一生…、


「オレはここにいるよ。」


 え?、吐息と共にオレは呟いた。
相手の言葉を分かっていなかったのは、どうやらオレの方らしかった。
その言葉の意味を聞こうとして、言い掛けた刹那、ふと思考が横切った。
『ここ』―――、そうか、墓石の事を言っているのか。

「……ご、」

 そうだとしたら、なんて、彼は。



「オレは、ずっとここにいるよ。
 ソニックたちの中にいる。
 ソニックたちも、オレの中にいるよ。」


 謝の葉を、オレは渡し掛けて、止まった。耳を疑った。

「みんなとあえる。いつでも。ずっとここにいるよ。オレはずっとここにいるよ。」


 全部全部、知らなかったのは、オレの方だった。


 そう、彼は、『死』を理解していた。
何も知らなかったはずの彼が、それどころか、全てを受け入れて、
その意味すらもしっかりと捉えていたのだ。

「もう、いい。もう、いいんだ。」

 彼は、確かに儚く今にも消えそうだった。
しかし、強くその足で立っていた。
そして、その造られた声帯で、自分だけの言葉を、彼はオレに発していた。
この世界で何よりもはっきりとして、明瞭で、星みたいに眩しかった。


「エメル……」

 その言葉は、あまりに眩しすぎて。
オレには、触れていいのか分からなかった。


 ああ、オマエは、オレが見ない間に、こんなに成長していたのか。
何処か知らない所で、造られたオマエが、造られた能力で色々な世界を取り込んで、
そして最期には、オマエは自分だけの生を獲得していたなんて。
 オマエより、オレの方がずっとずっと、全部全部、何もかも知らなかったんだ。



「もう、かえりなよ」

 と、彼が言った。表情のないはずの彼が、あの時と同じように、幸せそうに笑っていた。
 世界は無くなりつつあった。色は褪せて、蒸発していくのが分かった。
草は煙のような空気に姿を変えて、空とも分からない空へと立ち上ぼって消えていく。


「さあ、おかえり。おかえりよ。」


 彼が繰り返し言う。反射に反射を重ねた音のように、急に彼の声は ぼやけはじめた。
彼の体も、色は徒に混じりあい、靄になって消えつつあった。
 突然、オレの手が、何かに握られた。
手袋の甲にはトゲが二本、見覚えのある大きな手だった。
その手の主は、腕までで、それから先は白い靄がかかって見えない。
姿の見えない手の主は、ぎゅっと力を込めてオレの手を握った。
生々しく、鮮明な感触が、オレの意識に蘇った。

 来たる時が、来たのだ。


 現実とは相反する世界。理想を叶えられる世界。
しかし、その理想は来たる時間によって崩される。
現実とは相容れない世界。幻想の世界。雨日の一露と同じ、泡沫の世界。

 これがただの理想だということは、百も承知で、
これが自ら作った世界なのだという事も、知りすぎたぐらいに知っている。

 けれど、彼が、許してくれるなら。
 少しだけ、少しだけでも、理想に頼っていいのだろうか。


「……さよなら」


 オレは、手を振れなかった。代わりに、彼の最期を見つめた。
 それは、虚空の最期。
 でも、絶対に、本当の世界で、全てを受け入れるから。


「さよなら」




 彼は、ずっと繰り返していた。
何度も、何度も。
この世界が色を無くして消えるまで、ずっと、ずっと、
繰り返し、繰り返し、
オレに笑いかけて、言の葉を送り続けていた。


「オレはずっとここにいる。だから、おかえり。おかえりよ。」






*






 彼が何やらぼそぼそと呟いた言葉で、俺は起きた。
彼の体を包み込むように彼の肩に手を回し彼の傍らに座っていた俺は、彼が起きたのかと思い、彼の様子を観察した。
彼は呻き声のような声を吐いて、俺の腕の中で少しもぞもぞと動く。
暫く静止して、ふと彼は顔を上げ、こちらを見た。

「…ナッコウズ」

 寝起きにしては、意識がはっきりした声だった。
あまり良く眠れなかったのだろうか。
彼の頬には一筋濡れた跡があったが、それを言及することはしなかった。

「具合はどうだ。よく眠れたか?」

 俺はそう聞くが、彼から返っていたのは二割の生返事と八割の沈黙だった。
それから、彼は「頭が痛い」と呟き、「ホントに風邪引いたかな」と続けた。
それは二日酔いだ。…とは勿論言えず、俺は気まずく沈黙だけ返した。
しかし、確かにコタツに掛け布団だけは、この季節にしては少し軽装備かもしれない。
このままでは本当に風邪を引いてしまうかもしれぬ。

「ベッドで寝た方がいいと思うぞ。俺は使わないし、そっちの方が休まるだろ」
「ナッコウズ」

 立ち上がろうとして、刹那、彼の声にオレは体を動かすのをやめた。
今は、何よりも彼が第一だ。
今だけは、彼を守ってやりたい。
それが今、俺に唯一出来ることだから。

「どうした?」
「ナッコウズ」再度、彼が俺を呼んだ。「……少しだけ、ここにいてくれ」

 彼が、両腕に顔を埋めて、呟くように言った。
彼が何か言い掛けたような気がしたが、俺は問い詰めることはせず彼の言うとうりにした。
 彼の呼吸は震えていた。
彼が息を吸ったり吐いたりする度に、背中と肩が震えて、俺はそれを俺の腕と手で感じていた。
少しだけ、抱き締めるようにした。
彼の震えは止まらない。

 不意に、彼が音を浮かせた。

「……オレは、」
「ああ」
「もう、いいんだろうか」


「ああ。もう、いい」


 何がとは、聞かない。
 俺には何もかも分からないけれど、
 けれど、今なら分かる。

「今は、寝るんだ。何もかも、明日に預けて、今だけは。
 俺が、許してやるから」



 ナッコウズ、と、彼は顔を上げて、俺を見つめた。
強い黄緑色の瞳が、ゆらゆら揺れていた。


―――



 彼は幼い子のように泣き叫び、そして泣き疲れて眠った。
俺は彼の悲痛の叫びも、こぼれ落ちる涙も全て掬い上げて、ただ彼の背を撫で続けた。

 その後、俺は彼をベッドに寝かせた。
その瞳で、今度はどんな夢を見るだろう。眠る彼の表情からは伺い知れない。
 そう、語らなければ、何もかも伺い知れない。
語っても、伺い知れない事は、数え切れないほどある。
そういう世界なのだ、ここは。
 だから、彼がそういう伺い知れない物に地図を奪われ、道が見えなくなった時、
俺がたった一時でも、道標を、奪われた地図への道標を作れたら、と思った。

 彼が、俺たちにそうしてきたように。


「なあ、ソニック。だから、」



 迷った時は、帰ってきてもいいのだ、と。




 もう少しだけ、コイツの守りをさせてくれよ。
 明け空に優しく大地の光を向けているマスターエメラルドへ、窓から俺はそっと呟いた。



















…あとがきしていいのかな


 これは…ちょっと…
色々と…問題なんじゃないかな…(やりとげた顔)
ソニックバトル終了後の話でした。いかがだったでしょうか
っていかがだったか聞くまでもなくキャラ崩壊でしたね★
ごめんなさいキャラを泣かせるのが趣味です

 まあ、こんな小説ですが、私にとっては思い入れはとても深いのですw
運命とかね。あるのかないのか分からないのに、私もこの二文字には踊らされたものです。
結局、この小説内では、運命あれこれの答えは出せてないですよ、ソニックたちも。
そんなもんなんじゃないかな。みたいな。
やっぱり残酷な運命で、理想なんかなくっても、それでもまた明日も生きていかなきゃいけないんですよ。みたいな。
だから、生きるにはやっぱり意味がなくても理想が必要なんですよ。みたいな。

 あとね、ソニックバトル後のソニックは一度泣けばいいと思ったんだ(どーん)
だって、子供みたいな弟みたいな、親友を、自らの手で殺しちゃうんですよ。せgaも惨いことしやがる^p^
ソニック、原作では結構前向きでしたけどね、エメル亡くなった後も。
それにしたってえー エメルの亡骸であるエメラルドのかけら…とかさ…
みんなにとっては大事な思い出を想起する大切なものかもしれないけど、
ソニックは逆に、エメルを壊したあの時を、辛いあの時を思い出しちゃうんじゃないかな。とか。

 ソニックは涙が苦手だから、自分でも泣かないようにって、自分ルール作ってんじゃないかなとか(妄想)
色々あるけど、
辛いときは泣けばいいと思うんだ!←結論


 くじょう は うけつけて ません ! www


掲載日:11 09 26 Mon.
By 聖夜 ライト

実は一年前に完成してました 丸々一年放置しましたイエー
季節もぴったりになって一安心!(?)




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