何でも掴めるって、信じていたんだ



イン ハンド



 はっ、目が覚めた。
茫然と見つめる先には、自分と同じ色の青が木の枝の奥で広がっていた。
息を吐いて上体を起こすと、じっとりとした汗を風が乾かす。
どこまでも、いつまでも流れる空に、ああ、夢か、と今更気がついた。

 そう、夢を見ていた。
あれから大分時が経ったというのに、まだ「あの時」のことを忘れられていない、ようだ。
夢なのに嫌に現実味を帯びていて、今思えば気味が悪い。


 無限に広がる宇宙、そして真っ暗な海に光る灯台のように、青く輝く星。
その星を危機から救う為に戦った、あの時の記憶であった。
 星を救い、そして、めでたく冒険は終わる、はずだった。

 青い星に墜ち、黒の世界に溶けていった彼。
敵であり、戦友であり、仲間だった、自分と瓜二つのハリネズミ。
あともう少しで届くはずであった。
あともう少しで、墜ちていく手を取れるはずであった。

 約束をした。
あの星に、共に帰ろうと。 この青い星に、皆と一緒に帰ろう、と。
けれど、彼は手をすり抜けて、残ったのは、彼のたった一つのリングだった。

 約束したじゃないか。
 それなのに、何故。

 どうして



「・・・なんて、ずるずると・・・、バカみてェだよなあ」

 はあ、ついた溜め息は思ったより重たかった。
夢にまで見るなんて、本当に勘弁してほしい。
・・・そう引き摺っているのは、自分なのだけれど。

 空を見れば、いつもと変わらない景色がそこにあって。
広い草原に立った一つの大きな樹に寄り掛かって座っている自分が、
何故か、小さく思えた。


 ――― と、その時。

「・・・ソニックー!!」

 音が空気を震わせ、反射的に耳がピクリと動く。
立ち上がり声の主を探して見れば、遠くに見慣れた姿があった。
二本の尻尾を大きく振って、片手を掲げてこちらに走ってくる。

「テイルス!」

 驚いて、先ほどの声の主の名前を呼んだ。
こちらまで着くと、どうやら結構走ってきたらしい、
テイルスは大きく肩で息をして少し照れたように笑った。

「も〜探したよ〜」
「どうしたんだ、テイルス?」

 首をかしげて尋ねる。
各地を転々として、どこにいるか分からない自分をわざわざ探してくれるとは、何か大切な用事でもあるのだろうか。
しかし、額に浮かんだ汗を手の甲で拭いた彼は、浮かべた笑みをふと半分空に浮き消してこう答えた。

「きて、」 言いづらそうに言葉を切らして、「来てほしいところが、あって」

 上辺の笑みで、先ほど来た道を指差す。
その様子に違和感を覚えて、また、しかしさっきよりも深く首をかしげた。

「・・・どこだ?」
「行けばわかるよ」

 不思議に思って聞いた質問の回答に、さらにさらに、首をかしげる。
・・・なんだ、随分ともったいぶるじゃないか。
でも、せっかく自分を見つけて言ってくれたのだ、断るわけにもいかない。
 そう思っている間、まだ行くとも言っていないのに、当のテイルスはすたすたと足早に歩いて行ってしまった。
それほど急ぎの用なのか、それとも他に理由が?

「・・・行ってやろうじゃん」

 いつも温厚な彼がこんなに急かすなんて、きっと何か訳がある。
彼の後をついていくことにした。









――― 何だよ、 これ」

 数十分歩き、固く閉ざした親友の口にそろそろ苛立ちを覚え始めた時だった。
 着いた先は、森の中の、少し開けた場所であった。
獣道を抜けて、目的地に着き――― それを、見つけた。

 地面に立った 少し厚みのある縦長の、あまり形の整っていない灰色の石。
そして、その足元にポツンと置かれた一つの花束。
それは、まるで、墓としか表現出来なかった。

 ザア、ふいに大きな風が吹く。
突風は自分の青いトゲを揺らし、心臓を揺るがした。
――― 一目で、これが誰の墓なのか、分かってしまった。

「おはかだよ」

 後ろに立っていた友人が、ふと声を掛けた。
先ほどの言葉に、一つ、あの名前を口にして、墓の主の名を明かした。
『シャドウ』、であった。

「ちゃんとしたものじゃないけど、・・・ソニックには見てもらいたくて」

 少し短調な声、しかし彼ならきっと、上辺でも笑っているのだろう。
ごめん、と謝った彼の言葉は苦く笑っていた。
「何も言わないほうが、ついてきてくれると思って」、申し訳なさそうに 言を途切らせながらも彼はそう続け言った。

「一緒に 手、合わせよう?」


 その石に、名は刻まれていなかった。
そこに、背景みたいに立っていた。
一つ少し不自然なのは、悲しそうに置かれた花の束だけであった。
そこに、背景みたいに立っている、
だけなのに、けれど、それでも確かにそれが特別な存在だと感じた。
ただ、気が付きたくないだけで。

――― 「こんな、」、「遺骨もない墓にか」

 この口はそう冷たく吐き捨てた。

「えっ・・・・・・」
「それどころか遺品も、何もないじゃないか」

 畳み掛けるように口が続ける。
後ろにいる友人の表情は、見なかった。

「ソニック!!!」

 大きな声が響いた。
怒鳴り声のような、叫び声のような、そして 悲しみの染みた声だった。

「受け入れるのは辛いけど、それじゃあ、シャドウが、かわいそうだよ・・・。
 少しでもシャドウのことを思えるなら・・・手を合わせてあげてよ・・・!」

 辛そうに、悲しそうに、そして己に言い聞かせるように、彼は空を僅かに震わせた。


 分かっているのだ、自分が、きっと一番。
彼の存在を、大切に、大事にしなければならないことは、自分が、きっと一番。
分かっているのだ。
それなのに。

 自身の足が、振り向いた。
 自分は、その石に背を向けていた。

「・・・ソニック!」

 友人が、訴えるように名を呼んだ。
それでも、前を向けなかった。向き合えなかった。
彼のフェイクの存在に。

 頭では、分かっているのだ。
自分が、自分が、彼を、見送らなければならない事は。
けれど、そんな簡単に 気持ちを片付けられなくて。

 そんな、
 そんな簡単なことじゃ、ないんだ―――!!



――― こんな、


 こんなニセモノみたいな墓、墓でも何でもねェ!!!」



 思わぬ声が、響いた。


 友人は何も言わなかった。何も言えなかったのかもしれない。
だけれど、それで良かった。

 何とも言えぬ、何とも表現出来ぬ感情の渦が 心臓を襲う。
いつから震えていたのか分からない、この右手が、心の限界を訴えていた。


――― 耐えられず、駆け出した。







 目に入る風景が、線になって 次々に変わっていく。
友人は、逃げ出した自分を止めなかった。
名も呼ばなかったし、怒鳴りもしなかったし、同情や励ましの言葉もかけなかった。
けれど、自分はそんな親友に対する、少し感謝の感情さえあった。
もしも誰かが自分に何らかの言をかけたら、きっと自分はその重みに耐えられなかっただろう。

己の心の重さにも耐えられなかったのだから。




 この手に掴めぬものは、何もないと思っていた。
欲しいと思えば手に入れることが出来たし、握りたいと思えば掴むことが出来た。
そう、何もかもを、掴めると思っていた。

 でも、あの時だけは、違った。
手は約束をすり抜けた。あの手を掴むことが出来なかった。
この右手に残ったのは、彼の「代わり」で、
掴んだこれには、ぬくもりも、暖かさも、何もなかった。


 この足に追い付けぬものは、何もないと思っていた。
行きたいと思えば行くことが出来たし、見たいと思えばいつでも見ることが出来た。
望めば、宇宙にだって行けた。
それなのに、。

 今は、違う。
この足は今行きたいところにいけない。 今見たい姿に追いつくことも叶わない。
この足が辿り着いたのは、踏み慣れた地、自分がこの手で救った、青くて丸い、この星だった。
でも、ここには何も残っていなかった。


 この手を使っても、この足を使っても、
 彼の影を掴むことも、彼の影に追い付くことも、もう二度と、出来ないのだ。




 雲が、スピードを上げて流れた。
今まではあの雲も掴めたはずなのに、まるで自分を嘲笑うかのように、奴はぴったりついてきていた。
 それでも、手を振った。足を動かした。
何も掴めぬこの手を。何にも追い付けぬこの足を。

目的地もなく、ただひたすらに走った。
・・・いや、正しくは、逃げていたのかもしれない。
ひたりとついてくる、己の影に。



「・・・はあ、はあ」

 体が酸素を求めて、覚えるはずのない息切れをしていた。
荒れる息は、走っているためではない。
心に背負うものが、あまりにも重いためであった。

 肺の締め付けが苦しくて、手を、足を止めた。
どれぐらい走っただろう。
足元を見れば、長い影が向こうまで伸びて、ぺたりと地面に張り付いていた。
ああ、この影を、この手に掴めたらどんなにいいだろうか。
そう思ってそれに手を伸ばすと、その手の影は体の闇に覆い被さって、無くなった。


 ずっと、信じていた。
 この手は、何もかもを掴めると。
 この足は、何もかもに追いつけると。
 そう思っていた。




 けれど、掴めぬものが、追いつけぬものが、確かにここにあって。




 伸ばした手を、力なくぶらりと垂らした。
空を見上げる。
彼が墜ちたこの空を。

 向こうの空は、深く、淡い青に染まって、全ての空を飲み込まんとしていた。
夕が、夜に変わる。
この足から大きく伸びた影も、直に消えていくだろう。

 ふと、影を伝って、己の足へ視線を移した。
お気に入りの赤い靴は少し汚れていたが、この足は、しっかりとこの地を踏んでいた。


 ・・・それでも、オレがこうしてここにいるのは。
こうやってしっかりと走っていけるのは、きっと、
それでもオレは、心の何処かで信じてるんだ。

 夕が夜に変わるなら、きっと夜は朝に変わる。
そんな、たった一つの、小さな可能性を―――




 上を向いた。

 そうだ、
きっと この夜も、いつかは明ける時がくるのだ。


 前へ、振り返ると、赤い太陽が今日の終わりを告げていた。







――― 「ソニック!!」

 驚きと喜びの混じった声で、テイルスは迎えてくれた。
日は傾き、地平線下に姿を隠そうとしているこんな時間まで、自分を待っていてくれたようだ。
この、少し不格好な墓石と一緒に。

「・・・ソニック、気持ちの整理は」
「ついたぜ」

 不安そうに聞いた友人の声は、返事をすると「本当?」と、安心した声に変わった。
続けて友人が、ある種の期待を込めて、それじゃあ、と問い掛ける。
ああ、短く答えた。
少し歩を進め、その墓石と、彼の面影と、向かい合う。



 彼が本当にここにいたら、自分はどんな言をかけるだろうか。
元気か、大変だったな、まあこれからもよろしくな、?
思い付いた常識みたいな言葉に、ちっ、舌打ちを打った。
あのアイツにかけるのは、そんな生易しい言葉じゃない。
きっと、恐らくは―――



ドカッ!!!

 この足を一発、ヤツの顔面にお見舞いしてやった。
強く強く、全身の力を思いっ切り出して、蹴り飛ばしてやった。

「ちょっ…ソニック!!?」

 唖然とするは、隣にいた友人。
そんな友も気に留めず、倒れたヤツを、容赦なくガンガン踏み付けてやった。
このヤロウ、こんちくしょう、そんな悔しさや怒りを込めた、全心の力を底から出して。
と、ここで「何してんのさ!?」と言う友によって止められた。

「ああー、もーこんなになっちゃって・・・何してんのさソニック〜!」

 混乱ぎみに先ほどの言葉を反復して、墓石に駆け寄った。
元々ちゃんとしたものじゃなかったのか、それとも自分の蹴る力が凄かったのか、
先ほどの攻撃だけで石は無惨にもボロボロに崩れ、もはや墓としての性能を失っていた。

 あーあ・・・、落胆の声を漏らす彼に、テイルス、声を掛けた。
落ち込んだ表情のまま、彼は自分を見上げる。

「少しだけ」

 目の行き処がないまま、続ける。

「もう少しだけ、信じたいんだ。アイツを。1%以下の可能性でも。
 何かあのヤロウに一言やらないと、このままじゃどうしたって気が済まないからな」



 何してくれたんだ。バカヤロウ!
 そう言ってやらないことには。




 瞳に、今日最後の夕陽が映る。
 どんな顔をしていたのだろう、そう言い終えた自分の顔を見て、友はいきなり大声で笑い出した。
何だよ、とその友に笑い声をかき消すように大声で必死に問い掛けた。
あまりにおかしく笑うから、何だか小恥ずかしくなってきてしまった。
ひとしきり笑った後、テイルスはごめんと謝って、言を続けた。

「そうだね。そうだよね」 目尻に浮かんだ涙を拭いて、「ボクも、信じるよ。忘れてた、信じるってこと」

 そう言って、彼は石を愛しそうに指先で撫でた。
彼も、深く考えていたのだろうか。自分と同じく、悩んでいたのだろうか。
しかし、何か吹っ切れたように、自分の手を掴んで 大きな笑顔の花を咲かせた。

「ね、その時は笑って迎えてあげよう!」


「そーだなぁ」

 口から出たのは、ちょっと曖昧な言葉。

そうだなあ。
あの時のことを問い詰めて、今度は本当のアイツの顔を蹴り飛ばして、
それから、バカみたいに笑ってやろう。


 今度は、この手に、アイツの――― 、シャドウの手を掴んで。





 ふと、今度は月が、小さな影を作り出しているのに気が付いた。
可能性が確かなものに思えて、その影に笑顔を見せてやった。

 なあ、覚えてろよ、シャドウ!
 影と、そこにゴロゴロと転がった石と、そして彼の「代わり」に、心の中では 挑発的に舌を出してやった。


 夜が、朝に変わるいつかの日を、強く信じて。



















  あと・・・がきます・・・


 す み ま せ ん 。
実は、実は、こんなヘタレソニックが大好物です!!!(殴)
ソニックは絶対こんなにへこまないよ!こんなのソニックじゃないよ!
とは思ったんですが、思いついたので 書いてしまいました・・・。えへ!
載せるのもちょっと戸惑ったんですが、まあ、せっかくなので・・・
苦情は受け付けないよ!

 ソニックも、ソニックなりに悩んだんじゃないかなあ。というのが一つ。
この音速の足を持っているのに、英雄とか伝説のハリネズミとか呼ばれているのに、
たった一人の、たった一人の戦友を救えなかった事は、
彼にとってとても悔しいことだったんじゃないかなって。
それでも彼はきっと可能性を捨てないだろうなあ。だって、目の前で死んだトコ見てないし!
と思って書いたネタでした。ヘタレソニック大好き!(爆)
あとは、テイルスも、もしかしたら他の皆も色々悩んだんじゃないかなあ、
ソニックの世界には「お墓」という概念はないのかなあ、とぽつぽつ思ってたことを書きました。

 まあ、最終的にはヒロズにてあっけない再会を果たすわけですけどね!(感動台無し!)
私の妄想返せちくしょうwwwなんてこったwwww

 とまあ、そんなわけで、苦情は受け付けないよ!(二回目)



掲載日:09 10 17 Sat.
By 聖夜 ライト

実は、最初は漫画で描こうと思っていたネタでした。
しかし感情表現がものっそ難しくて小説にした、という製作裏話。ww




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